富山県は落ち着きを感じる県である。町中を歩いてみると、道路が広く建物もどっしりしている。昔、立山に向かう時のこと、富山駅の売店で名物・ますの寿司を買っていると、発車のベルが鳴り終わったのに、車掌が「慌てないでいいから」と声を掛けて待っていてくれた思い出がある。
富山の方々とお付き合いが始まったのは、名古屋で開催された技術セミナーの懇親会でのこと、富山県民会館の某若手職員からの、「富山で開催するセミナーの講師を引き受けてくれないか」との依頼がキッカケである。承諾を得て帰らないと上司に叱られるというので快諾したのであるが、それ以来、何度もセミナーのお手伝いをしたりして、協会の技能認定講座や全国総会も開催した。それというのも、セミナーで学んだことをまじめに実践されている人が多く、やり甲斐があったからである。
今回は、超バイタリティーの人物、富山県民会館の山本広志さんをお訪ねして、優良ホールとしての取り込みを語っていただいた。(2007年2月取材)
Q 初めて貴会館を訪れたとき、楽屋が綺麗に整理整頓、清掃されていて感動しました。こういうことで会館の質を見分けることができます。
山本 富山県民会館にお見えになったのは、富山県公立文化施設協議会主催の技術研修会の講師として今から10年ほど前だったと思います。県民会館は昭和39年に開館し今では42年も経過したホールです。楽屋も廊下も舞台も狭く、決して機能的ではありません。そこで楽屋には物はあまり置かず、できるだけシンプルな状態にしてあります。利用者の希望に応じて姿見やテーブルなど用意します。そのすっきりした状態が会長には綺麗に見えたのだと思います。
Q 建物が古くても、楽屋で快適に過ごせる環境は作れます。楽屋モニターもしっかりしたものがあるので、驚きました。楽屋としては高価なシステムを設置していて、気配りをしているなあ、と思いました。楽屋でひどい音を聞かされたのでは、出番を待っている出演者は堪ったものではない。
山本 運営系のモニター音は聞きやすいようにボリューム付のパワードスピーカに取り替えてあります。また、舞台においても年々増えていく舞台備品や道具を常に整理整頓しないと使いづらいので、機材や備品のある場所はいつも一緒にあるように心がけています。
Q また、故障した機器を、いつまでも壊れたままにしておくホールでは優良ホールに値しません。
山本 そのとおりです。故障した機器などは、まずは自分たちで直すことにしています。手に負えない場合に外注するということで、すぐに修理するようにしています。また、詳細な日常点検表を作成し、毎週必ず点検を行っています。そしていつも、利用者には整備されたホール、リセットされたホールを使用してもらえるようにしています。ホール業務が終わるのが、どんなに遅くなっても、その日のうちに使用した備品は元の位置に戻し、必ず職員全員で舞台をシュロ箒で掃き上げて一日の仕事が終わります。
Q 舞台を清める、舞台を守ってくれている守護神への感謝のようなものです。このような心掛けが安全作業に繋がります。
山本 舞台を掃くという行為は、1日無事仕事をさせていただいた感謝の意を表すことにもなります。このようにすれば、次に使用するとき気持ちが良いのです。
Q 関連の会館が5つありますね。
山本 管理運営は、富山県文化振興財団が行っており、5つのホール施設を管理しています。私も財団職員です。そのほかに県立の美術博物館の3施設などを含め、合わせて10施設もあります。このように、ホールの管理だけでなくいろいろなジャンルの業務があり、当然異動もあります。そのため、職員は多様な知識が必要になってきます。
Q 小屋付の技術者はオールマイティでないと通用しない。
山本 そうです。ホールでは舞台、音響、照明というはっきりとしたセクションを決めないで、全員がすべての設備について習熟し操作できるようにしています。東京などではあまり考えられないと思いますが、地元の民謡や洋舞公演、高校の定期演奏会、アマチュア劇団などホール職員が依頼されて照明プランや音響プランを考えて、オペレータをすることが結構多いです。ときには大道具まで作ってしまうこともあります。ひとつのホールに年間250件近い利用があります。そのため、全員がどんな利用者にも対応できるようにしています。理想は高いのですが、各々の職員が舞台、音響、照明すべてのスペシャリストを目指しています。自己研修はもちろんのこと各種研修会にも機会があれば積極的に参加しています。そうすれば、職員が急に休まなければならない状況でも対応できるし、5つのどのホールに異動になっても即戦力となります。ホールのより安全な運営管理も可能となってくるのではないでしょうか。
Q 基本的に職員の誰が担当しても一定のスペックで技能提供できるようにするのが公共ホールのあるべき姿でしょう。また、音響や照明だけを専門にやるのではなく、企画・制作面までやるといい。
山本 本来ですと舞台技術課と事業企画課があり、それぞれ業務を行うのですが、地方では人手の関係でホール担当職員がホール管理と自主事業業務を掛け持ちで担当しているところがけっこう多いですよ。当財団は、39年からホールの管理運営を行っていますが、当時は貸館事業専門でホールの管理業務だけでした。昭和50年代頃から自主公演事業を年に2、3回実施するようになったのですが、組織変更を行わず、ホール担当が公演事業も掛け持つようになりました。
Q 山本さんは、よく東京へ出掛けて、いろいろな方とコミュニケーションしていますね。
山本 今はほとんど仕事としてはいかなくなりましたが、いい舞台公演があると観に行きます。ホールが自主事業に取り組む時期に若手スタッフとしてタイミングよく担当となり、その後、新川文化ホールなどのオープン記念事業などの多くの自主公演事業を手がけました。新川文化ホール時代は年間20本以上の自主事業を行っていたので、契約折衝などで上京しました。直接お話したほうが事業趣旨や苦しい財源の説明もできたので、結構出演料などを安くしていただくこともありました。
Q 公共ホールの自主事業の計画も、難しいところがありますね。
山本 公共ホールとしては地域の人々に、良い舞台芸術を鑑賞できる場を提供することが一番大切ですが、もっと地域に根付いた芸術文化活動のできる拠点にもなるべきだと考えています。今はいろいろな文化団体や演奏家などが、演奏会や公演の開催を希望していますが、なかなか大変なことです。これを周りから支援することで可能性が出てくるのであれば、地域を巻き込んで多くの人たちが参加し、協働で文化発信する機会を増やしたいと思っています。青少年育成や伝統芸能も重要です。舞台は演奏家や演者と観客だけのものではなく、地域の多くの人たちが関わることでコミュニティが広がり、地域全体が文化的で人間性のある社会を形成することに貢献できる拠点にしていきたいと考えます。現在ホールボランティア養成講座などを積極的に進めていますが、バックグランドにはこのような考えがあるのです。
また、スタッフにはできるだけ舞台鑑賞を勧めています。まず自分自身でいろいろなものを吸収してほしいと考えています。アンテナを高くあげいろいろな情報を得ることは舞台づくりに必ず役立ちます。また、人間としても成長してほしいものです。
Q 演者の方たちとのコミュニケーションも大切ですね。
山本 とにかく出演者はホールの大切なお客さんです。仲良く付き合うことはもちろんのこと、出演者が希望することには「ノー!」とは言わずに一緒に考えるようにしています。それでも不可能であれば納得してもらえます。
ホールのスタッフには「出来ません。やれません。」という言葉は使わないように申し合わせています。また、舞台隅で腕を組んで舞台の作業を見ているのでなく、管理に支障の無い限り搬入や搬出を手伝います。
Q 同じ釜の飯を食うという心掛けが必要です。こういうことで、すがすがしい気持ちで仕事が完了しますので、精神的に健康になります。よく見かける意地悪は何の得にもなりません。
山本 このように外来スタッフと一緒に汗を流すことで感謝の気持が行き交い、明るい雰囲気で舞台作業ができます。ツアーのスタッフと仲良くなれば、見たこともない最新機器についても快く説明してくれます。これは結構いいは勉強になります。
先日、自主事業で「日野皓正、山下洋輔、川嶋哲郎 スーパージャズ」を開催いたしましたが、これなどは、舞台運営のチーフは東京からの同行スタッフでしたが、現地スタッフは会館スタッフで対応しました。
Q 会館にとって、観客だけでなく会館を借りる人たちも客ですが、この人たちに対して、こびることなく正面から堂々と対応する姿勢も持たなければなりません。
山本 主催者も大切なお客さんです。主催者が雇用した大道具、照明、音響スタッフも主催者同様のお客さんです。でも、われわれ同様公演のスタッフでもあるわけです。舞台運営に支障がある場合は当然、意見を述べさせてもらいます。
開場しているのも関わらず殴り袋(トンカチ入れ)をつけたままホワイエでタバコと吸っていた大道具スタッフに注意したこともありましたし、クラシック演奏会のステージマネージャが舞台に出るにも関わらずTシャツ姿でいるので意見したこともありました。
Q 当然、会館側の技術スタッフも襟を正さなければなりませんね。仕込みやリハーサル時は、作業着でもよいが、本番になったら観客が不快にならないように気配りをすべきです。最近、アメリカの航空会社が、他の客に不快感を与える衣服の乗客の搭乗拒否をしました。英国では初日のパーティーに舞台監督がタキシードで現れますから驚きます。
山本 私たちは、ホールスタッフもTPOを考えてホール業務に従事することにしています。当然、演劇など裏方作業の場合、動きやすき目立たない黒のポロシャツの作業着を着用しますが、クラッシク演奏会の場合、演奏家やお客さんと接するスタッフは黒かグレーのフォーマルのスーツにネクタイで臨んでいます。式典、大会など表彰式など慶事がある場合もネクタイ着用です。それが、利用者やお客さんに対しての礼儀だと思っています。
Q それができてこそ、裏方も立派な人たちと見られるわけです。
山本 常日ごろの態度も大事です。余分な時間があったら、修繕をしたり、点検したり、技術情報を収集したりと、率先して動かないと駄目です。18年度から指定管理者制度の導入がありスタッフ数が大幅に減ったので、駆けずり回っています。私たちは、富山市内にある県民会館、県教育文化会館、県民小劇場の3施設を11名のスタッフで管理しています。併せて自主公演事業も20本近く実施しなければならないので、土日のほとんどがフル勤務状態です。スタッフの健康状態が気になっています。
Q なるほど、たくさん汗をかいているわけですね。指定管理者になったからといって、サプライズで珍しい事業をするのではなく、地道に、縁の下の力持ちとなって効率よく働くことも公立施設の正しい在り方だと思います。その方が、サプライズで点数を稼ぐよりも素晴らしいことではありませんか。
■富山県民会館は財団法人富山県文化振興財団が平成18年度から3年間の指定管理者制度の指定を受けて、富山県下にある県教育文化会館、県高岡文化ホール、県民小劇場、新川文化ホール、他に立山博物館、県立近代美術館、県水墨美術館などを管理運営している。
富山県民会館は、1,217席のホールと31の会議室の他、美術館、ギャラリー、展示室も備えている。
3施設をスタッフのローテーションを組んで運営できるのは経済的に有利である。いくつかの部門を統合できるからである。そのためには一定基準を超えた万能な職員が必要であり、そのための養成方法を編み出さなければならない。富山県文化振興財団は地域の文化施設とも協力して、かなり以前から職員の研修に力を入れていた。それは、職員自ら勉学心が強かったからだ。この財団のみなさんは、いつも前向きに動いている。(取材・八板賢二郎)