新潟市の文化施設は、音楽文化会館、歴史博物館、市民芸術文化会館などがあり、新潟市芸術文化振興財団が指定管理事業を受託している。市民芸術文化会館はりゅーとぴあ、という愛称がある。語源は、昔、市中は新潟の代名詞「柳都」とユートピアを結びつけたもので、新潟市内は柳の木がとても多い町であったことが由来である。
りゅうとぴあは、オープン以前からキチンとした運営方針を打ち出し、ぶれることなく継続したことで、創造する劇場として確立されたのである。
完成度の高い作品を作り続けている「りゅーとぴあスピリット」を、木佐貫貞夫さんに伺った。(2007年5月取材)
Q オープンする前から、いろいろな試みをされていましたね。
木佐貫 当館はオープン数年前から、プレ企画としていろいろなイベントを開催してきました。特に、アートマネジメントスタッフ養成ワークショップは、全国的に注目されたようです。
これらのプレ企画や開館後の運営方針については、建物の設計者である長谷川逸子さんの意見が多く反映されていたですが、こういう例は他ではあまり見られないユニークな点だと思います。
Q 当時としては珍しいことですが、技術職員の全国募集をしましたね。確か、日本音響家協会の機関誌にも募集広告を掲載していたと思いますが。
木佐貫 何かと注目される中、オープンの1年半前に技術職員に限らず、財団プロパー職員の全国公募をしています。新聞や芸術関係の雑誌などに広告を掲載し、大変な数の応募があり、部署によっては数百倍、舞台技術係についても数十倍の倍率がありました。
Q 木佐貫さんも、そのとき採用されたのですか。
木佐貫 私は一般公募の1年後に、経験者ということで個別に採用されました。宮崎のコンサートホールで音楽祭の裏方などをやっていたところを、先輩方を通じて紹介されました。
同じような時期にオープンした他の専門ホールでは、一線で活躍している経験豊かな舞台スタッフを採用するようなところが多かったようですが、当館ではそういう発想はなかったようです。
Q 木佐貫さんとは音響を通じて知り合いになったのですが、北陸支部会報の記事などを拝見していると音楽に造詣が深いですね。コンサートホールには、あなたのような人材が必要なんです。
木佐貫 教育学部で音楽を専攻していたものですから。しかし音楽についてそれほど詳しいとは思っていません。音響家協会にはその方面の経験も知識も豊富な先輩方が多いですから、自分など中途半端なのでいつも恐縮しています。ただ、楽譜を読んだりすることは苦になりませんし、必要に迫られてオルガンの調律やメンテナンスを覚えましたが、やはり音楽の勉強は役に立っています。
Q 会館は観賞だけでなく、市民参加の催しをいろいろ企画していますね。
木佐貫 アートマネジメント養成のものに始まり、音楽、演劇、ダンス、古典の各分野にわたったワークショップを数多く開催してきています。
私の個人的意見ですが、鑑賞するだけの公演よりも、体験型、参加型の催しの方が人気があるのではないでしょうか。参加費が少々割高でも、面白い企画には大勢の希望者が集まります。市民の方々は興味があることになら、特に自分自身や子供のためであれば、時間を割いたり、相応の負担もいとわない、ということがいえると思います。
Q ワークショップは観客を育てることになります。市民と会館職員のお互いの顔が見えてきて、敷居の低い施設になって、市民をどんどん呼び込んでいくことになりますからね。
木佐貫 ワークショップ開催は手間がかかるものですが、お客の顔が見えるということで、大変意義があると思います。ワークショップでなじみになった顔を、後日鑑賞公演の会場で見かけるのは大変うれしいことです。
Q 市民に演じてもらう企画もありますね。
木佐貫 音楽系では、新潟東響コーラスと呼んでいる合唱団が、年1回東京交響楽団と共演することを目的に結成されます。プロのオーケストラの新潟定期公演での演奏ということで、出演者選考オーディションという厳しいスタイルとなっています。当初は賛否両論ありましたが、今では当然のこととして受け入れられたようです。
演劇系では、芝居やミュージカルのオリジナル作品を、それこそ数え切れないくらい制作してきました。大掛かりなものから小劇場や能楽堂をつかったものまで、演出や作曲を新進気鋭の方々にお願いし、通常ありがちな記念公演的な内容にとどまらない本格的なものになっています。
また、小歌舞伎公演なども全国的に珍しい活動だと思います。
Q 普通は飾り物のようになっているパイプオルガンも、りゅうとぴあでは十分に活用されていますね。
木佐貫 西洋音楽では、オルガンは大変重要な楽器なのですが、なにせ日本では馴染みがなかったところにいきなりドーンとホールの正面に据えてある、まあ飾り物と言われてもしょうがなかったと思います。
新潟では、専属オルガニストを置いてオルガン音楽の普及に力を入れてきました。オルガンの内部に入って構造を学ぶイベントや、演奏を学ぶ講座を数多く開催して、やっとオルガンのファンが増加する兆しが見えてきたと思います。今後は、いわゆるオルガンの有名曲を聴いて満足するだけでなく、奏者ごとの違いや演奏の良し悪しがわかる聴衆が育ってほしいと思います。そして将来、オルガンが市民にとり特別なものでなく、日常的な存在になったとき、新潟の音楽環境は、さらに豊かなものになっているのではないかと思います。
オルガン無用論もよく耳にしますが、オルガンの調律や事業担当者として関わってきた立場で言えば、オルガンはあったほうがよいし、ホールにあってよかったと思っています。何かと手もかかるしお金もかかりますが、ホールで演奏できる楽曲の幅が広がります。電気オルガンなどでは決して代用はできない、温かみのある音色は貴重です。
Q あの重厚な音を生で聴いて音に包まれれば、オルガンの魅力がわかります。市民は、オルガンがあって、ありがたいと思わなければなりませんね。その他に子供の劇団まであります。
木佐貫 「演劇スタジオ」という一般対象の劇団と平行して、ジュニア対象の劇団が活動しています。年2回、ポピュラーな演劇作品を上演しますが、子供の発表会的な公演を超えた、完成度の高い内容となっています。市民にも非常に注目されており、3日間の公演は満席となっています。
Q まさに市民と一体となった市民ホールですね。このようなことで市民の舞台芸術に対する意識はたかまったと思いますが、いかがでしょうか。
木佐貫 開館当初、中央で評判の公演が地元でも鑑賞できる、ということを喜ぶ声が多く聞かれました。最近は新潟発信型のオリジナル企画が増え、逆に新潟での公演が、全国的から注目されることが多くなりました。市民は必然的に、他人の評価より自分の基準で作品を捉えることが可能になってきていますし、逆にそういう目が必要とされていると思います。
Q 全国各地で上演できる完成度の高い自主企画公演もやられていて、素晴らしいですね。
木佐貫 劇場として存在するためには、自ら発信する企画がなければならないという理念から、開館以来、オリジナルの自主公演を積極的に開催してきました。特に2004年に設立されたダンスカンパニーのNoismは、その集大成とも言えるものだと思います。
Noismは芸術監督の金森穣氏以下10数名のダンサーを抱える当館専属ダンスカンパニーで、国内にとどまらず海外ツアーも行っており、何と言っても当館の目玉であり、注目を集めています。
日本の伝統的な空間でシェイクスピアを上演する、能楽堂シェイクスピアシリーズも、国内外のツアーを行い高い評価を得ています。
Q 音響家として興味あるのが、赤外線補聴システムですが、これはどのようなものですか。
木佐貫 ワイヤレス・ヘッドセットから公演の音声が流れてきて、難聴者などが補助的に利用できるホール備え付けの設備です。あらかじめ予約をいただいたお客様に無料で貸し出しています。
頻繁に利用される常連客もいらっしゃるので、集客に一役買っているのは確かですが、音響担当者としては、このソースを用意するのは結構大変なことです。音楽にしろ演劇にしろ、エアモニターマイクからの音を流せばいいわけではないですから、本来なら専任のオペレータが必要な難しい仕事だと思います。
Q 違和感のない音に仕上げるのは難しいですよね。これからは、難聴者のための字幕表示なども求められると思います。
このように会館は広く最新技術を採り入れていかなければならないのですが、職員のスキルアップはどのようにされていますか。
木佐貫 古い話になりますが、オープン準備の期間中に、若手スタッフ2名が世田谷パブリックシアターで、数ヶ月間研修をさせていただいています。舞台初心者だった二人が、創造の第一線から持ち帰った理念、信念は、その後当館の舞台スタッフ全員に強い影響を与えました。
また、オープン当初には、音響家協会のベーシックコースの開催や、専門家を招いて、コンサートホールにおけるレコーディング技術講習を行いました。
当時、新潟のプロ音響家にとって、クラシック音楽の録音はほとんど馴染みがなかった世界でした。PAの片手間に、見よう見まねでやっていたのが実状だったと思います。そういう中、この講習では、オーケストラやオルガンの実演を題材にして本格的なレコーディングを行い、
知識と技術の両面をしっかりと身につけることができました。録音専用機器の不足も痛感し、その後、コンサートホールにふさわしい機材を揃えるよう努力するようになりました。
オープン後の一時期以来、残念ながら特に場を設けて技術講習などの開催はしていません。そこまで手が回らない、というのが本音です。
しかし、ホール付きとして、数々の大がかりな公演に立ち会えることは、それが一番の勉強とも言えます。その中で自分なりに勉強していれば、先の市民やジュニア劇団の公演時に、舞台監督やデザイナーとして腕試しをするチャンスがめぐってきます。
さらに最近では、Noismのような自主企画のプロダクションの一員に加えてもらい、第一線で活躍している方々と、共同で仕事をさせてもらうこともできるようになりました。ホール付きのスタッフは、本来ホールにいなければ仕事になりません。何名かが旅公演などに出てしまうと、残ったスタッフはシフト的に厳しくなるわけです。しかし、あえてそういう仕事を体験してもらうのは、スタッフのスキルアップを意識している部分が大きいと思います。
Q 実践で学ぶことが一番ですね。貸館のときも逃げたりしないで積極的に対応することが自分のスキルアップにつながります。さて、スタッフが成長したところで、どのようなホールを目指していますか。
木佐貫 新潟のような地方都市のホールには、さまざまな役割が期待されていると思います。国内外の一流のパフォーマンスが鑑賞でき、自主企画公演で全国に発信しながら、皆が楽しめる人気公演もやっていて、かつ地元の芸術活動の拠点になっている…。私たちはよく、「高級レストランからラーメン屋まで」と例えるのですが、玉石混淆大いに結構。いろんな横顔を持ち、老若男女どんな世代からも愛されて、いつも賑わいがあるようなホールになりたいと考えています。
Q 全体的に民間経営のような体制ですね。このような姿勢が、本当の市民サービスではないかと思います。
ありがとうございました。期待しています。
■りゅーとぴあには、アリーナ型の1,900席のコンサートホール、スッポンの付いた花道とオーケストラピットを備えた868席の多目的劇場、382席の能舞台がある。能舞台の楽屋は、茶室としても使用できる。
スタジオAは、コンサートホールの舞台とほぼ同じ面積を持ち、ホールでの演奏を想定したリハーサルを行うことができる。また、仮設舞台も設営できるため、室内楽など小規模の発表会などの会場としても利用できる。
スタジオBは、劇場の主舞台とほぼ同じ面積で、ホールの稽古場として利用できる。また、本格的な調光装置・音響設備を備えいるので、小劇場として様々なジャンルの催し物に使用できる。
自主公演のときは、託児所も利用できる。また、車いすの無料貸し出しもしている。安心して、芸術鑑賞ができる環境になっている。
緑溢れる園内は、建物屋上の庭園の他に6つの空中庭園と水路や池、滝などがあり、潤いの空間となっている。 コンサートや舞台を楽しむだけでなく、海や川に育まれた新潟らしい水辺の公園の散策が楽しめる。(取材.八板賢二郎)