1995年、アメリカの劇場巡り
松村 貞之
(富山県教育文化会館)
1、はじめに
平成7(1995)年度、文化庁のアートマネジメント部門の在外研修員として、ニューヨークを中心として米国に80日間滞在しました。
11月中頃、単身で、ニューヨーク州ウエストチェスター・コミュニティーカレッジのモート・クラーク教授を尋ねて出掛けました。期間中、ニューヨークの他に、ペンシルペニア洲のフィラデルフィア、ピッツバーク、南部のアラバマ州モービル、北部ミネソタ州ミネアポリス等へ行き観賞した舞台芸術約50公演、訪問した劇場等を含めると80か所以上を訪ねることができました。
冬期間で、1月にはニューヨークで47年ぶりの大雪に遭遇しましたが、11月のサンクスギビングデーでの会食、12月クリスマスの楽しい雰囲気、年明けのニューイアーパーティなどに参加させていただき、日常の生活においても貴重な体験を得ることができました。
限られた日数でしたが、米国における劇場の様子を僅かでも伺い知ることができましたので、めぐり逢えた機会、知り得た実情をここにまとめてみました。
2、劇場の種類
劇場は、ブロードウエーをはじめとする営利目的の商業劇場、非営利芸術組織の公演を中心とした劇場、アマチュア劇団の活動拠点コミュニテーシアター等、次のように分類されました。
◎コマーシャルシアター
ブロードウエーの劇場群に代表される営利を目的としたプロ興行集団が使用する劇場。経営者と組合組織とが完全に金銭契約で成り立った世界で、文化的な活動より営利が優先されます。最近ブロードウエーのミュージカルショウの多くは、大きな舞台装置をフルに使用し、初演まで2か月間以上のリハーサル、制作費数億円以上を費やしています。
◎ノンプロフィト・プロフェッショナルシアター
プロである俳優組合員を雇い、非営利事業を行う劇場や劇団です。多くは、レジデンスシアターと呼ばれ、プロ組合との契約により、芸術的に高い公演を数多く実施しています。法人組織であること、免税資格を持つこと、理事会を組織すること、アートディレクターがいることが条件であり、利益は分配せずに次年度の事業資金に持ち越します。コマーシャルシアターと違って、実験的な公演や斬新な企画を実施できる特徴があり、芸術的な発展には最も良い構成の劇場といえます。
◎ユニパシティー(カレッジ)シアター
大学が所有する劇場で街中にあり、通常はプロフェッショナルの公演を実施し、年に3〜4回学生が公演する劇場と、大学構内にあり学生や近隣のアマチュアの利用が主体である劇場があります。設備はかなり充実しており、特にミネソタ大学の劇場科は4つの劇場に加え舞台道具製造工場、染色工房まで備えていました。
◎ディナーシアター
客席に食卓を常設し、公演開始前に食事を済ませ観劇を楽しむ専門劇場です。昼はランチを提供しておりグループメンバーの誕生会や、小・中学生の昼食観劇会の会場として舞台を楽しむ雰囲気は抜群でした
◎コミュニティーシアター
出演者・スタッフ共に無報酬のボランティアから成るアマチュア演劇専門劇場(客席数150〜550位)で、多くはメンバーで所有されています。年間の公演計画に基づきプロデューサーを決め、オーディションでキャストを選びます。舞台道具は手作りで、作業場・保管庫・衣装室等を舞台裏に持っている劇団が多く、中には、談話室・図書館まで持っているグループもありました。
《雑感》
公立の劇場は、ノンプロフィト・プロフェッショナルシアターのグループと公立学校に所属するユニパシテー(カレッジ)シアターのグループに限られ、主に研究機関としての性格が強く、貸し館ではありませんでした。
米国は 我が国と比べ土地が広く地価が安いので、同じ場所で建物を建て替えるより新しい土地に新築した方が安くつきます。古い集会場や教会をアマチュア劇団が安価で借りたり、譲り受け、そこを劇場に改装し活動しているコミュニティーシァターが多くあり、舞台道具製作工房・保管庫も確保し、少しでも制作費を安くする努力が伺えました。
3、高校演劇大会
ペンシルベニア州ピッツバーグの郊外パトラーで開催されたPennsylvania State Thespian Conferenceに参加しました。
同州27高校の演劇部生徒約700名が参加し早朝から深夜まで各校の演劇発表、そして40〜50人に分散しての音響・照明・舞台等の分科会、タップダンスの講習会、演技のオーディション、舞台セッティング、役者のメイクアップ、舞台衣装(コスチューム)の各コンペティションなど、内容が多彩で大変充実していました。
◎舞台セッティングコンペティション
高校生が、舞台監督1名を含む3名で1チームを作り、予めバミられた舞台平面に仕込み図どおりに舞台道具を配置し組み立て、その正確さと早さを競うもので、図面を正確に読む能力、注意力、舞台監督の統率力を養うのに良いと思われました。
◎照明分科会
指導者は、移動式の舞台装置を教室に持ち込み、手作りの灯具、操作卓も持ってきていました。4〜5人のグループごとに、夕暮れ・火事等のシーンを想定させ、光の色、方向を考えさせており、シーン作りに役立つと思いました。大切な事は、[明視][自然][構図][雰囲気]そしてhigh lightとshadowであると説明していました。
◎舞台監督分科会
舞台監督の仕事で最も重要なことは、コミュニケーションであり、全ての情報が皆に行き渡るようにしなければならない。記録(リハーサルリポート、パフォーマンスリポート)をとることは大変重要であり、全ての事を知り、問題が発生した場合、新しい解決方法を常に考えて行かなければならないと教えていました。
《雑感》
高校生といえども、プロ顔負けの演技力・バイタリティーを持つ者が何人もいて、雰囲気を盛り上げ、参加者全員自由奔放に楽しんでいました。
3日間泊まり込みで、深夜まで講習を行っていた訳は、高校生に自由時間を与えると、ろくなことをしないので、次々に課題を与え休ませないとの先生方の方針でした。
演技で優秀な生徒は、オーディション を受け、数名は大学での奨学金を受けられます。日本の高校演劇祭とは、そのスケール・迫力・エネルギーに各段の差を感じ、圧倒された3日間でした。
4、大学と劇場
大学には劇場があります。
◎ニューヨーク・ウエストチェスター・コミュニティカレッジの例
モート・クラーク教授は、この大学のパフォーミングアーツ科の教授です。彼の授業の大半は大学の劇場が教室です。専攻した学生は、即興劇や音楽を実際に舞台上で自作の演技や演奏を披露し単位を取得します。学生達が舞台道具を作り、音響や照明も担当し舞台を作っています。私は、何度も即興劇の講座に出席し、学生達と一緒に軽業を受けました。演技力を養い、創造性・機敏性を身に付けるには有効な授業と思われました。
◎ミネソタ州立大学の例
広々とした大学構内に、劇場科の独立したビルが建ち、その中には4つの劇場(大劇場と3つの実験劇場)がありました。そこには、舞台大道具製作工場・木製小道具製作用の木工工房、金属小道具を製作する金属加工工房、さらに舞台用ドロップ(幕類)の縫製・染色工房を備え、舞台で使用するほとんどの物品を自作していました。
◎ヨーコ・ハシモトとの出会い
ペンシルベニア州フィラデルフィアの大学教授です。舞台出演者のメイクアップ、コスチュームの研究者で、米国人と結婚し定住しておられますので、米国の劇場活動について色々とお話を聴けました。
《雑感》
大学での演劇や舞台活動に対する取り組み、施設設備の内容そして学生の舞台芸術に関する活力は、日本の大学とはかなり違うように思えました。ヨーコ・ハシモトに質問しました。
「日本では、演劇の役者やミュージカルのスターになりたいと相談すると、そんな道楽のような仕事はダメだと反対する親が大半だと思うがアメリカではどうですか?」
ヨーコ「もちろん米国でも同じことで、親は出来れば経済学でも専攻し、銀行員にでもなって貰えれば良いと答えるに決まっています。でも、力があれば、この国では、ダブルメジャー(専攻を2つとること)ができ、努力次第では−定の期間、両方の方向で自分を試すことが出来ます」とのことでした。
大学での演劇やパフォーミングアーツに対する関わりが、将来、卒業し各地で就職しても、舞台芸術活動に参加したり、鑑賞したりする人の原動力となっているのではないかと察せられました。
5、ニューヨークの劇場
大掛かりな舞台装置、最新の技術を駆使する有名なブロードウエーのミュージカル劇場群。
ロングランの「キャッツ」「オペラ座の怪人」「レミゼラブル」「美女と野獣」、他にも「クレージーフォアユー」「サンセットビルボード」「ビクタービクトリア」「ショーボート」等、数え上げれば切りがないほどヒット作の数々を生み出しており、世界中から多くの人々が連日押し寄せています。
《雑感》
情報誌を細かく読むと、ヒットミュージカルに出演中の俳優との交流会や劇場の舞台裏を見学できるバックステージツアーが度々企画されており、それらに参加し色々な話を聞くことができました。
特に、最近のミュージカルは、大型化し従来のように、地方への巡回公演は不可能になってきていると同時に劇場が専門化しているとの説明があり、日本でもミュージカル劇場が専用仮設劇場で企画しているのと同様かと思われました。
ブロードウエーと7thアベニューが交差するタイムススクェアーに、有名なTKTSという当日券を半額から25%引きで購入できる販売所があり何度も利用しました。日本では、当日券は、前売りより高くなるのが通例ですが、ここでは、前売り券購入者は、良い席を選択・予約できる権利があり高くて当然で、当日、空席が残るくらいなら安く売った方がよいとの考えによるものです。
日本とは、考え方、事情が違いますが、観客には良いシステムです。最近、ニューヨークは治安も良く、地下鉄でリンカーンセンターやカーネギーホール・ラジオシティーヘと何度も出掛けました。お金と時間があればニューヨークは、何と楽しい街でしょう。
6、教育と税制
教育についても、税制についても、私は専門家ではありませんが・・・
《雑感》
米国滞在中に、舞台芸術の振興・発展には教育と税制が大きな影響力を持っているのではないかと思われるようになってきました。
米国では、高校・大学を通し、生徒・学生が舞台芸術に関わる機会がとても多いように思えます。
ときに、高校は日本のように、受験勉強のため、3年生で全ての部活動を切り捨て、勉強に全力を傾注し、その活動が途絶する傾向にあると聞いています。
米国においては、大学入学は割りと楽で、卒業のほうが難しいといわれています。
また、大学でもパフオーミングアーツなど舞台芸術に関わる機会が多くあることが活発な劇場活動の土壌を育んでいるのではないかと思われました。舞台芸術に興味のある人、出演したい人、協力したい人は、コミュニティーシアターなどでボランティア活動をしたり、家具等の道具やお金を寄付したりします。コミュニティーシアターなどへの金銭等の寄付については、その額に応じ、寄贈者の申請により減税されるシステムがあり、そのため多くの芸術団体の収入の、かなりの部分が寄付金で支えられていました。日本でも、このような制度があれば、アマチュア劇団などの活動がもっと活発になるのかなと思いました。
7、おわりに
日本には、多くの公立文化ホールが建設されてきました。たいへん素晴らしいことです。地方自治体の管理者は、施設設備については完備され非の打ち所のない体制ができていると確信している方が多く見受けられます。
でも、舞台道具を作る製作室や工房、そしてその収蔵庫を持っている施設はほとんどありません。
製作室が有れば、自分たちで安く、独創性のある道具を作ることができます。収蔵庫があれば、何回も道具類を使用でき、また、他の団体との貸し借りにより新たな製作の必要がなく舞台制作費を安くできます。
劇団員等は、演技力・表現力の向上に力を集中できレベルの高い舞台を作ることが可能になります。施設利用者の公演経費を少しでも安くすることがホールの活性化に繋がるとすれば、今からでも工房・収蔵庫設備を追加したらどうでしょうか?
米国では、高校生・大学生・社会人と劇場との関わりを保ちながら学び、文化という土壌に根を張り、芽を出し、花を咲かせているように思えました。
一時の切り花を美しく水に浮かべても間もなく萎んでしまいます。私達は、たくさんある素晴らしい施設が、より活発に活用され、真に恵まれた環境となるよう、より良い方法を考えて行かなくてはなりません。