小倉城に隣接して、一見、高さや形、色が違う複数の建物が寄り添っているように見えるカラフルなビルがある。放送局や新聞社、美術館、映画館、大学、レストランなどを大集合させた「リバーウォーク北九州」である。北九州芸術劇場は、この中にある。劇場は、周囲の力で成り立っているし、周囲に多くの福富を与えるものでなければならない。そのような意気込みが伝わってくるのが、北九州芸術劇場である。この劇場のスタッフからは、積極的に市民をリードして、劇場の使命を果たし、心豊かな市民を育もうとしているのが伝わってくる。その心意気を、劇場のシアターコーディネータの垂水健治さんに伺った。(2006年5月取材)
Q 小倉駅を降りて、劇場まで歩きましたが、駅前のアーケード街はすごい活気でした。店の中の店員も明るい顔をしているように感じられました。
垂水 北九州市は、かつて重工業を中心とした『モノづくり』の街として繁栄しましたが、産業の構造変革にともなう経済不況により、街から活気が失われ、深刻な問題となりました。
都市政策として『北九州ルネッサンス構想』を20年前に策定し、都市間競争に勝つ、魅力ある街づくりをめざしています。
かつての中心市街地である、小倉駅周辺と小倉城周辺の再開発に取り組み、その経路であるアーケード街も少しずつ賑わいを取り戻しつつあります。
Q 劇場の近くになると新しい街が現れ、人があふれていました。
垂水 新しい街づくりの拠点施設として、北九州芸術劇場が入居する『リバーウォーク北九州』が3年前に開業し、2千人を超える雇用と1日平均およそ2万人の来場者という効果を生み出しています。
Q 劇場のある建物には、いくつかの大きなマスコミ関連が入っていますね。
垂水 はい、北九州芸術劇場、北九州市立美術館分館とともに、都市機能を担う情報媒体系の施設として、朝日新聞西部本社、NHK北九州支局。また、賑わいを生む商業施設やシネコンなどが入居し、官民による文化の拠点となっています。
Q 劇場周辺は、すごい人通りでしたが。
垂水 間もなく二期工事も終わりますが、その中には大学の新しいキャンパスもありますから、今後、さらに若い人が劇場周辺に集まると思います。
Q 劇場の構造は複雑で、迷ってしまいそうです。
垂水 北九州芸術劇場は、幾つかの建物の高所階に分散配置されており、目的地までのアクセスがわかりにくい点は否めません。地域経済に貢献するという、新たな役割が劇場に期待され、劇場の入場者を商業施設に集客できるように、シャワー効果を目的とした設計となっているからです。
Q 公演のない日でしたから、舞台は整然と片付けられていて、戦いの前のような静けさが感じられました。
垂水 この劇場は、『創る』・『育つ』・『観る』の事業方針によって、オープンから3年間、フル稼働しており、それを支えてきたのが技術セクションでした。
技術セクションのルーチン・ワーク(日常業務)である劇場管理を徹底するために、エンド・ユーザーの視点で創意・工夫を加えながら、使い易さを追求してきました。
Q プロの視点でなく、市民の視点で作らなければ良いものが作れないと思います。観客席の座席に空調の出口が付いていましたし、音響調整室のラックに収納した機器のランプが舞台から見えないようにスクリーンが下ろせるようになっていました。いかに快適に舞台を運用するかを熟慮したと思うのですが・・。
垂水 演劇を中心に事業を行う劇場として、空調の暗騒音やオペレータ・ブースの明かり漏れなど、観劇などの支障となる問題点を洗いだし、その解消に取り組みました。
Q 調光室では、スタッフの工夫の跡をみることもできました。
垂水 照明デザイナー机や調光卓の木部品は、照明スタッフが製作したものです。いい劇場とは、設備や備品に、それを取り扱う技術者の手がどれだけかかっているかだと思います。
Q 自分たちの道具を、自分たちの手になじむように改善しているのですね。
垂水 設備工事や備品計画を十分、検討し、カスタマイズしても、やはり、いろいろ問題点は出てきます。インフラとして、小さな工房を用意しました。これは、劇場管理だけでなく、必要なものは自分たちで作れるように、木工や溶接もできる技術者がいる劇場をめざしたからです。
Q 劇場は財団が指定管理者として運営しているのですが、外部からみれば委託スタッフもアルバイトも同じですからね。
垂水 同感です。所属の違いは内部の問題でしかありません。
Q そしてスタッフ一同、立場が異なっても、一丸とならなければすばらしい組織にはならない。
垂水 技術セクションは、当初から結束していますが、事業・制作・学芸など、他のセクションとの連携では、まだ課題が残っています。
技術スタッフが劇場管理を離れ、自主制作事業や外部公演のカンパニースタッフとして参加できる体制をどう、つくるかということなのですが。
Q スタッフは、自主制作と貸し劇場の区別なく対応することも大切です。
垂水 劇場技術者の基本として、優秀なハウススタッフになることを大事にしています。
Q 劇場スタッフは、高度なテクニックと感性を持ち、それを駆使した舞台作品を市民にお見せし、外来の作品創造にも力を貸すことが、市民全体から認知されることになりますね。
垂水 ハウススタッフ、カンパニースタッフの仕事は違いますし、公演を成功せるためには、両者の役割分担を明確にしながら、連携することが大事です。
根拠のない禁止事項が多く、使いづらい従来の公立ホールではなく、経験豊富で技術力のあるハウススタッフがいることで、提案型の新しい劇場管理をめざしています。
これまでの市民会館の運営の形は、地域の特殊性として、演劇や舞踊公演などの照明や音響をハウススタッフが行ってきましたが、私たちのハウススタッフの基本業務はアドバイスであると考えています。どうすれば、この劇場で具現化できるか、一緒に考えることから始めています。
Q そのようにすると、劇場スタッフは市民から信頼され、愛される。
垂水 オープン直後は、説明責任や準備期間の不足から、いろいろ問題も起きましたが、丁寧に誠実に取り組んできたことで、ご理解してくれる市民が少しずつ増えています。
Q 敷居の低い劇場、みんなが寄ってくる劇場、だから劇場と劇場周辺が賑わってくる。劇場は賑わいを作る機能で、経済発展につながるのです。
垂水 オープンから、毎年度、事業評価を実施しています。入場者数や施設の稼働率といった数値だけではなく、経済効果や利用者、舞台関係者、一般市民を対象としたアンケートやヒアリングで意識調査を行っています。経済効果など、この劇場によってもたらされた『成果』を重要視しているからです。
Q いい劇場は、借りる人のリピートも多くなる。
垂水 一例を挙げれば、演劇鑑賞サークルの会員数が増え、公演数も増えています。
Q そのためには一流のスタッフがいなければならないわけです。すごい能力を持っていて、それで他人に優しいスタッフ。
垂水 この劇場のバイブルである『北九州芸術劇場 事業計画書』を実現するために、劇場のミッションを理解し、専門分野で実績のあるスタッフが基礎となり、地元の若いスタッフがスキルアップできる体制から始めました。
Q そのためには、劇場内に閉じこもらないで、外部で他流試合をしてこないと駄目です。
垂水 ご指摘のとおり、スッタフ個人のスキルアップを図りながら、劇場をレベルアップするためには、作品を創造すること、他の劇場で公演することが重要です。
昨年度は、地元の劇団と共同製作した作品の主要な技術スタッフとして、西鉄ホール、伊丹アイホール、まつもと市民芸術館、熊本県立劇場、東京芸術劇場で公演を行いました。
今年度も、劇場プロデュース公演の主要スタッフとして長崎ブリックホール、民間との共同製作公演では、東京の製作現場に入り、公演スタッフを務めます。
Q 創造するとは、演出家、出演者、観客の希望を叶えることです。そのためには優秀な技術スタッフを備えることです。
垂水 アドバイスありがとうございます。理想に近づくよう、日々のルーチンワークを大事にしながら、仲間と努力して参ります。
■北九州芸術劇場は2003年8月にオープンした。1,262席の大ホールはオーケストラピットも備えたプロセニアム形式の多目的ホール、700席の中劇場は演劇専用劇場、それに四角い箱で自在に使用できる平土間型の小劇場がある。親切な劇場、市民とふれあう劇場、質の高い作品提供を目指している。日本音響家協会の優良ホールにふさわしい運営ポリシーである。2006年3月16日には、新北九州空港が開港した。小倉は、九州の舞台芸術の拠点の一つになるに違いない。【取材:八板賢二郎】