宮崎県は海の幸、山の幸が豊富である。蠣、鶏肉、黒豚、黒川カボチャ、完熟マンゴー、日向夏、ピーマン、切り干し大根などなどある。そして焼酎も、幻の百年の孤独ほか銘酒が沢山ある。しかし、それほど全国に知られていない。おとなしい県、奥ゆかしい県で商売っ気がない土地柄のようである。ところが、いつまでもそのまんまではなく、突然変化が訪れた。東国原知事の出現で、にわかに全国から注目を浴びている。その人気に乗って、県庁もネーミングライツに乗り出した。宮崎県立芸術劇場は4月からネーミングライツで「メディキット県民文化センター」になる。その劇場の現場を仕切っている鎌田晶博さんに、劇場の今を伺った。(2008年2月取材)
Q 県知事旋風で県立劇場にも変化が現れましたか。
鎌田 おかげさまで宮崎県を知っていただき宮城県と間違われることはなくなりました。劇場としてもいろいろな改革に「まずやってみよう」の意識が生まれ、スピードアップされています。
Q 開館当時から、技術セミナーなどを実施していて、私もお手伝いさせていただきましたが、現在は地域の皆さんで継続、その成果は如何でしょうか。
鎌田 音響と照明の講座を交互に実施しています。ここ数年は欲張って両方行いました。音響講座は一連の音の入口から出口までの中でその年のテーマを持って内容を詰めています。また、照明では特に新人向けに芝居を題材にしたデザイン講座を実施しています。ベテランは自分たちの行っている作業の意味を再確認し、新人はチーフの苦労がよくわかると好評です。
Q 教えるということは、かなり勉強しなければならないので、地域の劇場技術者のみなさんが講師をやることは良いことですね。教える側も成長しますから。
鎌田 その通りですね。できることと教えることは別物で、教えることで良く整理され講師が成長するのがよくわかります。
Q 特にクラシック音楽に力を注いで、地域の子供たちの音楽に触れる機会を作ってきましたね。
鎌田 故アイザックスターン氏を迎えて始められた宮崎国際音楽祭は、現在シャルル・ドュトワ氏が芸術監督として今年で13回目を迎えます。この中の「子供のための音楽会」で県内の小学生1,800人を毎年無料招待しています。さらに無料で年齢による入場制限を設けないオルガンプロムナードコンサートを年3回実施しています。これらは今後も続けていきます。
Q 公共文化施設としては、幅広いジャンルの啓蒙をしなければならないと思いますが。
鎌田 クラシック音楽だけでなく、演劇、邦楽と手がけていますが、残念ながら集客に苦労しています。来られたお客様からは、せっかく良いものを行っているのに広報足りないとの声が多く、そこで広報営業係を設けより積極的に広報していこうとしています。
Q 県内の素晴らしいものの県外へ発信するのも重要ですが、県外からの多くの芸能文化を県民に伝えて、県民の情操を豊かにするは大切です。そのためには劇場運営スタッフの充実が必要ですけれど。
鎌田 ここが一番の問題です。県のローテーション人事に組み込まれており、現場のスタッフも入札なので人材の確保が保証されていません。幸い現在のところは地元企業の協力で有能な人材を出していただいています。
Q 県立となると地域住民とのコミュニケーションがおろそかになりがちですが、貴劇場ではなにか特別に力を入れていることはございますか。
鎌田 県民の企画提案によるものを年間4〜5本、そのほか県の吹奏楽連盟、合唱連盟、演劇協会とタイアップしてそれぞれのフェスティバルを開催しています。
Q 公立劇場の使命は、地域住民を楽しませて、体も頭脳も健康にしていかなければならない。
鎌田 地域文化の中心としての働きと県外から多くの芸能文化を県民に伝える、この二つの役割を担っているのですが、どちらも息の長い、なかなか成果がすぐに出てこない仕事です。この点をどう説明していくか、いかに理解していただくかも重要な役割になってくるのではないでしょうか。特に市町村の各ホールは、そのためのスタッフや資金を持ち合わせていない状況なので、県立の当館が積極的に発言していかねばならないでしょうね。
Q そのように県立の役目を発揮していくべきです。劇場のやることは、まず子供が劇場に行きたいと言い出すようにする。次にお年寄り、そして女性に敷居が低い場所、居心地のいい場所を作ってあげることが大切ですね。
鎌田 当劇場の今一番のお客様は、ご高齢の女性の方々です。これをどのように広げていくかで、いろいろ試行錯誤しています。まず、前にも述べました小学生を招待する「子供のための音楽会」、入場に年齢制限がなく入場無料の「オルガンプロムナードコンサート」、夏休みに行う物語形式のバックステージツアー「劇場へ行こう!!アドベンチャーツアー」を実施しています。また、アウトリーチとして僻地の学校への出張コンサートや、同じ敷地内に県立美術館、図書館があるのでこの三館と合同で小学生を対象に施設見学会などを行っています。
Q 子供は特に大切にしてあげてください。ところで東国原知事からの指導などはありましたか。
鎌田 まだ予算的には締め付けはないのですが、「身の丈にあった音楽祭の開催」などの発言があり、県内の音楽関係者から警戒の声が上がっています。
Q いやいや恐ろしいことではありません。しっかり見ていて関心があるということです。警戒でなく身を引き締めてやればいいよいのです。鎌田さん自身は、いったん看護大学の職に就かれて、またこの劇場に戻っていらっしゃったのですが、外から劇場を見て、また学校に携わったことで、劇場運営に対する思いも変わったのではないでしょうか。
鎌田 看護界はナイチンゲールが看護学校を広めてから150年、そのなかで毎年看護の日を制定し看護界のアピールに努めています。我々音響業界もまだ50年ほどの歴史しかありませんがよりいっそうアピールしていくことも重要ではないでしょうか。また、理論や機材も日進月歩なのは看護界と同様で、我々音響業界もそれをどのように伝え、広めてレベルアップを図るかが課せられています。学長の言葉に「言葉にしなければ伝わらない。文字にしなければ残らない。広める努力をしなければ広まらない。」と言うのがあります。私もこれらの努力をしていかねばならないと考えています。特に小屋付きスタッフとしては舞台だけの最適だけでなく、劇場全体最適を目指す必要性を強く感じています。そこで舞台技術セミナーだけでなく、接遇や救命救急などいろいろなセミナーも計画実施しています。
Q バイタリティーの学長との出会いで、劇場文化への情熱もさらに湧いてきたのではないでしょうか。
鎌田 これも学長の言葉に「看護はアート アンド サイエンスだ。」というのがあります。知識や技術は当然ながら人に対する思いやり、洞察力を要求され、それにより、よりすばらしい舞台を作り上げていく。このアートへの関わりがすばらしいことだと感じております。
Q 劇場従事者は技術だけでは務まらない。法律のことも、話術も習得して、情熱と向上心がないと通用しません。指定管理者時代になって、そのように変化したのです。その変化に気付かなければなりませんね。ありがとうございました。
■宮崎県立劇場は、広々とした敷地に県立美術館と隣り合わせに、城のようなイメージで建っている。1,818席のシューボックススタイルのアイザックスターンホール、1,112席の演劇ホール、展示会まで視野に入れた多目的のイベントホール、そして10室もの練習室を備えている。舞台芸術全般に関する書籍、CD、LDなどを収集している資料閲覧室もあり、堂々の劇場である。1993年にオープンして以来、地域の劇場技術者の育成にも力を注いでいる。(取材・八板賢二郎)