わたしの音響デザイン論
青地 瑛久
(大阪芸術大学舞台芸術学科教授)
テレビと舞台の世界を歩んで来て
1964年よりテレビジョンと舞台の世界で、今日まで音響家として歩んで参りました。今になって考えると同じ音響デザインとして考えるには、あまりにも違いすぎる道を二足の草鞋をはき歩んできたことになります。関西という土地柄と、先人が少数であったため幅広い分野に渡って仕事ができた、恵まれた環境があったからと感謝しております。
テレビの音響効果はドラマ、ドキュメンタリー、バラエティーと多義に渡りますが、共通した悩みはダイナミック・レンジの狭さと、視聴者がどんな音量で聞いてくれているか、分からない中での音作りを要求されることです。取り上げればきりがありませんが、たとえば雷とか銃声を例に取ると、聞き耳を立てる(注意を集中させる)という人間のもつ知覚の作用を計算し、一瞬の無音状態を作り、音を出すことでインパクトを強くするとか、さらに視覚効果を取り入れて表現することで更に効果をあげるといったことです。
それに比して舞台における音響表現は、ダイナミック・レンジも広くとれ、その表現が計算されたものであっても偶発的なものであっても観客と一体をなすことで生命が吹き込まれ感動を与えることができると考えられます。何よりも観客と一体になって体感できるという魅力的な状況があります。これは演ずる側と観客が、空間を同時的時間軸で共有する中ではじめて成立するものです。「音響効果」はその“時空間”において演者と観客の間に位置して、一度しか存在しない創作を感性で表現することに意味があるのだと思います。
舞台での音響表現の確立の要素となる、音の空間伝達の理論や人間の知覚との関わり等を研究することで、小劇場にリアリティーをもった自在音響空間を生み出すことができます。
小劇場への挑戦
現在、小劇場という言葉は、一時代を画した意義ある現象をあらわすのではなく、便宜な条件の整った上演空間が少ない、アマチュア劇団や若者たちの集団が公演を行う100名程度のキャパシティーの上演場所をいうことが多いかと思います。私自身、ここ20年くらいは、そんな条件のなかでの音響プランニングに魅力を感じ挑戦し続けています。
ブレヒト・ケラー(ブレヒト酒場)という演劇集団を仲間と立ち上げ、劇作家ベルトルト・ブレヒトの作品の上演を続けておりますが、公演場所が天井を取り払ったビルの一室で、まさに小劇場と呼ぶのにふさわしい雰囲気のなかでの上演となっています。その取り組みの中から編み出せた方法を記すことで、小さな劇場空間の音響表現を新たに構築される際に何らかの参考になれば幸いです。
まず、いくつかの音の特性を頭に入れておきます。「屈折」「回折」「共鳴、共振」「音の空間伝播スピード」「高音、低音の伝播特性」「第一波面の法則=ハース現象」「位相」「ディレー」「残響」これくらいのことが頭の中を巡れば、会場に入りセットを見たとたんに表現方法は思いつくものです。たとえば、円形舞台が劇場の真ん中に位置し、客が廻りを取り巻き360度の角度から鑑賞する。舞台上の設定は1920年代のベルリン。
紫煙が漂うキャバレーで歌手がバラードをセンターステージで歌う。伴奏は壁際に位置する生ピアノの演奏。この空間でキャバレーの雰囲気をかもし出し、気だるさの中に荒廃した時代の状況を作り出すのです。まず、スピーカの配置ですが、定位と音量をイメージして考えて行きます。
センターにある張出し舞台に歌手の位置を定位さすためにステージ下部に横長の小型スピーカ4個を配置します。360度にデッドポイントが生じないように気をつけてスピーカの位置を、近接する客に意識させないようにするため、2個を一組に(ステレオの場合はR−R,L−Lが一組)対面させ、舞台の中心を芯にして4分割した舞台端に、中心に向けて、4個のスピーカを配置します。条件としては舞台の「蹴込み」部分は紗のような素材で、音が抜けやすい環境にしてもらうことです。
まず、この4個のスピーカから音を出してみます。セットや空間の条件で定位にかなりのばらつきができます。それを補うためにスタンド・スピーカを条件にあわせて客席後部に配置します。
この場合、スピーカの位置を客に悟られない工夫がまたもや必要になってきます。スピーカを壁面に向け、音源と客との距離を仮想的に長くするとか、ハース現象を利用して音がセンターに定位するように方向や位置を変えて調整をします。
ディレー・マシーンを使用することもあります。高音部が失わる負荷は負いますが、音の定位するところは舞台なので問題はないと思っています。後は小音量でも低音を豊かに表現するために、100Hz -120Hz以下の音だけを受持つスピーカを客からなるべく遠い位置に一つ転がしておきます。5.1チャンネル・サラウンドのLFE(ロー・フリケンシー・エフェクト)的な役目を持たすために使用します。
効果音や音楽のための表現用だと思っていただけると結構です。ダイナミック・マイクを使用すれば近接効果を計算に入れても、ボーカルが低音専用のスピーカを異常に震わし、不自然な音になることはありません。チャンネル・デバイダがないときはGEQで対応します。最後に、センターの舞台上から聞こえる、歌手の声の定位を上げなければなりません。舞台上の天井部に下方を向けた、小型フルレンジ・スピーカを使って行います。徐々にこの小型スピーカの音量を上げてイメージ通りに定位したところでEQを僅かばかりさわり完成を見ることになります。
アクース・モニウムについて
ほんの一例を思うままに記してみました。こういった事象からヒントを得られて、それぞれの取り組みで挑戦してみていただければと思います。
この手法は「アクース・モニウム」という現代音楽の音響表現からヒントを得ました。あまり聞きなれない言葉だと思いますが、過去にミュージック・コンクレートといわれ、現在ではアクース・マティックという名称で呼ばれる電子音楽の音響表現方法で、ギリシャ語が語源です。
汎用の2チャンネル・ステレオ作品音源を利用し、2チャンネル・ステレオのR,Lの組み合せで、数組から多いときは24組を超える多種多様なスピーカを上演空間に配置して行う演奏形態です。
ヨーロッパ、特にフランスで盛んに上演されていて、スピーカ・オーケストラとよばれ各地でコンサートが行われています。アクース・モニウムは冒頭に述べたように音の持つ特性をたくみに組み入れて、イン・プットをパラレルにして、スピーカの数だけフェーダを用意して操作されます。フェーダ操作を特に行わなくても音は結構、自在に空間に立体的に表現します。平面に配置されたスピーカからのみでも、特定の周波数(倍音)を持つ音が上部に定位したりしてかなり効果的に動き廻ります。
基本的には各回路のイコライザを使用しての調整は行わず、音源そのままで再生します。低音域のみを再生するスピーカを配置する場合等、チャンネル・デバイダやイコライザを使用して演奏することもあります。
また、一対の2チャンネル・スピーカの向きを非対称に配置することで、位相のずれを生じさせる方法も取られます。アクース・モニウムはRとLの音源成分を、それぞれのスピーカ間で互いに音を干渉させることで、劇場内を網の目のように巡らす音の情報が、演奏空間を形成することにあります。
モノーラルのR,L両方の音成分をもつ少数のスピーカを会場内のポイントを探って組み入れて演奏を行うのも、このことに起因しているのだと思います。アクース・モニウムの基本は、作曲者自らが演奏をしますが、ヨーロッパでは譜面を見ながらのオペレーションという職業も確立していると聞きます。
私の到着点
以上、いろいろと脈絡もなく述べさせていただきましたが、いろんな手段の現象面から得られるヒントが、生きた音響効果手法を編み出して行くことになるのだと思います。
新たな手法を確立していただくために何らかの指標になればと思っております。舞台音響効果では、音作りの段階でメディアに録音される音源は未完成品であり、空間に放たれる瞬間に完成を見るという原点を常に忘れないことも大事と考えます。
また、スピーカから直接、音が聞こえてこないという手法の確立が演劇の場合、特に小劇場公演では求められることも重要なことだと考えています。
私の拙い経験で、少しばかり教条的でありましたが、今後の舞台作りの参考になれば幸せです。