手締め(手打ち)の作法
歌舞伎の最初の稽古を始める前に「顔寄せ(かおよせ)」というセレモニーがある。
座元(興行主/主催者)、役者、スタッフが集まり、そこで狂言作者(きょうげんさくしゃ・・・現在の舞台監督)が『当る十二月歌舞伎公演、名代を申し上げます。○○作、○○演出、××××(題名)、序幕××の場、二幕××の場・・・・・』と読み上げ、最後に全員で手締め(手打ち)をする。
このときは、一本締め(いっぽんじめ)といって、
ヨオー(掛け声) シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン
と手を打つ。(シャシャシャン=手を打つ音)
稽古場での稽古が数日続き、舞台稽古前の最終稽古となる「総稽古」の最終場面が終了すると「打ち出し」という大太鼓の演奏があり、続けて座元・役者・スタッフが全員で手締めをする。これも一本締めである。
式典、パーティーでも、最後は手締めをすることが多い。このときは、一本締めを3階繰り返す三本締め(さんぼんじめ)をする。パーティーでは、途中で一区切り(中締め=なかじめ)をつけるため「宴たけなわですが、この辺で中締めとさせていただきます」などと挨拶して三本締めをすることが多い。これで、ほとんどの客はお帰りになる。
この手締めには、どのような決まりがあり、どのような打ち方があるのだろうか。
全国標準は東京・浅草の「三社祭」の型
各地にいろいろな打ち方があるが、大きくは江戸(東京)型と大坂(大阪)型に分かれる。全国的に知られているのが江戸型のリズムの速い
「シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャン」(3・3・3・1)
である。
これを1回やるのが「一本締め」、3回繰り返すのを「三本締め」という。
最近よくやる「よおー、ポン」は、「一丁締め(いっちょうじめ)」と呼び、正式な場で「一丁締め」をやると白い目で見られる。
シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャン、シャンとやるのは、「三が三つで九」「それにもう一つのシャン」を入れ、九に点を加えることで漢字の「丸」となり、「すべて丸くおさまる」という意味になる。
「手締め」は、いろいろの行事がトラブルもなく無事終了したことの締め括りとして行われるのが一般的である。
「四方八方(または三方四方=諸方)丸く納めましょう」という願い、「めでたく無事に納まりました」と礼を込めて打つのである。
3回繰り返すのは、舞台のエンディングやカーテンコールで行われる「三方礼(さんぽうれい=右・左・中央の客に礼をする)」のようなもので、3回やることで諸方を示し「皆々様よろしく・・・、ありがとうございます」となる。
手締めの音頭は、采配を振って滞りなく行事を終了させたリーダーが、「無事終りました」と感謝の意を表するものである。したがって、来賓がやるものではない。
手締めの前に「いよぉーっ」という掛け声をかけるが、これは「祝おう」が転じたものである。また、声を掛けることで、全員のタイミングを取る役割も果たしている。
大阪は「大阪締め」
打〜ちまひょ(パン パン) も一つせ(パン パン) いおう(祝う)て三度(パパン パン)
と、のんびりとした手締めである。
大阪の舞台関係でも近年、江戸の打ち方をやっていたが、落語の桂米朝師匠などが「それではあかん」ということで、大阪締めを復興させたという。
一丁締め(いっちょうじめ)
一本締めと混同されている。「よおー ポン」は一丁締めである。最近は正式なセレモニーでも一本締めに混じって一丁締めをやる人がいる。これでは締まらないので、やり直しをすることもある。わざわざ、一本締めと一丁締めの解説をしてから始める音頭取りもいる。
まったく締まらない話である。一本締めの意味を理解していればこのようなことはないのだが・・。
一丁締めは、三本締めや一本締めをするほど大仰(大袈裟)でないな会のとき、シャシャシャンのリズムが分からないとき、居酒屋などで周囲の客に迷惑を掛けたくないときなどに行われているようだ。
現在、一丁締めが全国に流行しているのは、プロ野球のキャンプの打ち上げでやっているからではないだろうか。
一つ目上がり(ひとつめあがり)
最初は人差し指だけで一本締めをして、次に中指を加えて打ち、次は薬指を加え、次に小指を加え、最後にすべての指で普通に打つ方法である。少しずつ大きな音になっていくのを楽しむ手締めである。
これも酒席の楽しみである。
特番/指締め
歌舞伎の「伊勢音頭恋寝刃」古市油屋の場や「双蝶々曲輪日記」の角力場やなど幾つかの歌舞伎演目の中で、ひと仕事(悪事)が成功したときに、片手の「親指と人差し指」を打ち合わせて、「よよよい、よよよい、よよよいよい」と小声でこっそりと一本締めをする場面がある。現在では、テレビの時代劇の中でも行われるこの一本締め、こっそりと静かに締めたいときに、どうぞお試しください。これならば一流レストランでやっても問題ないでしょう。正式な名称はないようなので、「指締め」とでも呼びましょう。
手締めは何のために?
商談(商取引)の成立のときに手を打ったのが始まりのようである。現在でも、交渉事のとき「この辺で手を打ちましょう」などと言うことがあるように、「手を打つ」とは「妥結」「決着」「成立」「成就」「和解」の証明である。このセレモニーを「手打ち式」という。
したがって、歌舞伎などの「顔寄せ」も、 劇場オーナーと役者・スタッフとの上演契約のセレモニーなのである。劇場が主催することを「手打ち興行」と「手打ち公演」、略して「手打ち」と呼んでいる。
手締めはどのようなところで、どのようなとき?
東京証券取引所の年末の「大納会」、年始の「大発会」では、三本締めを行っている。
大相撲では、千秋楽の表彰式の後に手打ち式が行われる。次の場所から序の口に登場する若手力士が土俵の上で輪になって、呼び出しの音頭で三本締めをする。
各地の神社の境内で開かれる酉の市(とりのいち)に行くと、あちこちから威勢の良い手締めが聞えてくる。縁起物の熊手の売買が成立すると店員と客が手締めをするのでる。
この他、市場の初荷、初取引、歌舞伎や落語界の襲名披露などの場で手締めが行われる。
威勢よく手を打って「快く次へ進もう」というのが手締めの心。この清らかな響き、手締めの後の清々しい気持ち、これが日本人には堪らないのある。
起源
起源は、神社における「拍手(かしわで)」という説がある。
拍手の起源にも幾つかの説がある。
天照大神から出雲の国を譲るように言われた大国主命(おおくにぬしのみこと)は、そのことを長男の事大主神(ことしろのみこと)に伝えると、拍手を打って承知したと古事記「国譲りの神話」のなかに記してある。
魏志倭人伝(ぎしわじんでん)には、倭人(後の日本人)は身分の高い人に対し手を打ち跪いて拝礼をしていたと記されており、当時は神に対してだけでなく人に対しても拍手を打っていたようである。
また古代人は相手に対して、手に武器を持っていないことを示すために拍手を打って、敬意をあらわしたという。そのような仕草は、現在の大相撲にもみられる。
【監修:八板賢二郎】