柝の用法
歌舞伎や日本舞踊、文楽では、舞台を進行する合図として柝を用いている。その時々の知らせる内容によって、さまざまな打ち方がある。また、歌舞伎の柝は音楽的であり、効果音としての要素もある。
1)着到止め(ちゃくとうどめ)
「着到」とは劇場に到着することで、序幕の役者が揃うと演奏されるのが着到砂切という鳴物。通常、着到砂切は開演30分前に演奏され、終了すると柝を2つ打つ。これを「着到止め」と呼び、5拍ぐらいの間をあけて打つ。「化粧にかかれ」という合図。
●(チョーン)・・・・・●(チョーン)
2)二丁(にちょう)
開幕15分前に、楽屋全体に聞こえる位置で、長い間で2つ打つ柝。「化粧を終えて、かつら、衣裳の支度にかかれ」という合図。
●・・・・・・・・・・●
3)回り(まわり)
開幕5分前になると、楽屋の各部署を回りながら打つ柝。劇場の広さで打つ数が異なるが、楽屋の入り口で2つ打ち、舞台の入り口、舞台上手、舞台中央の順に1つずつ適当な間で打って回る。「全員、配置に付け」という合図で、「さあ出番だ」と思わせるタイミングで、少し軽く打つ。
4)柝を直す(きをなおす)
いよいよ幕を明けられる状態になったとき、「開幕する」の合図として下座の前で、柝を2つ打つこと「柝を直す」という。この合図で下座音楽の演奏が始まり、幕が明けられる。演目が時代物のときは大きい間で、世話物のときは少し間をつめて打つ。
この柝を二丁柝、二丁と呼ぶこともある。
時代物 ●・・・・・●
世話物 ●・・・●
5)きざみ
柝を直した後、下座音楽に合わせて、細かく刻むように打つ柝を「きざみ」という。幕が明き切るところで、フェードアウトするように終了する。
● ● ● ● ●・・・・・・・>・・
6)止め柝(とめぎ)
幕が明き切ると「きざみ」を止めて、音楽が終わってから1拍ほど間をとって「チョーン」と1つ打つのを「止め柝」という。「無事に開幕した、進行よろしく」という合図で、締め括りとして強く打つ。
7)開幕中の柝
①迫り上げ、迫り下げのとき
舞台の「迫り(せり)」を上げ下げするときは、準備に1つ、動かす合図に1つ、停止したときに1つ打つ。用意、スタート、完了の合図なので、強く打つ。
●(用意)・・●(スタート)・・・・・・・・・●(完了)
②舞台転換のとき
場面を転換ときは、迫り上げ迫り下げの柝と同様に、用意、スタート、完了と3つ打つ。回り舞台を回すときも同様である。
③出語りのとき
義太夫などが、途中から出語り(姿を現して演奏すること)になるときも柝を打つ。このときの柝は、情景に合わせて軽くはずませて2つ「チョチョン」と打つ。これを「知らせの柝」という。
◎●
④場景転換のとき
場面を変化させるとき、例えば月が出たり、ノレンを仕掛けで取り除くときにも柝を打つ。これも軽くはずませて「チョチョン」と打つ。
◎●
8)つなぎ
一つの場面が終わり次の場面になる間、「準備中」の意味で柝を打ち続けることを「つなぎ」という。出語りと同様に軽く弾ませて「チョチョン」と打つ。回数と間は見計らいで、次の場の準備が完了するまで打ち続ける。
◎●・・・・・◎●・・・・・・・◎●・・・
9)幕切れ
幕切れに打つ柝は、その幕全体を引き締める重要な役割がある。
①幕切れの柝
最後の台詞に合わせて「○○が○○して、●(チョーン)・・ええ、○○じゃなあ」と、台詞が形よく決まったところで打つ、幕切れの感情をスッキリとさせ、「無事に終了」を知らせる柝である。俳優の呼吸に合わせて、たっぷりと間をとって高い調子で1つ打つ。
②だら幕の柝
時代物の幕切れが大見得で終わるときで、浄瑠璃がない場合は見得の感情の高まりを中断させないように、ゆっくりと大きい間で打つ柝を「だら幕の柝」という。舞台の派手な高まりに対し、逆に締めくくる効果がある。幕が閉まりきると止め柝を打ち、鳴物の「砂切り(しゃぎり)」になる。
●・・・●・・・●・・・●・・・●・・●・●・●● ●(止め柝)
③拍子幕の柝
演目が世話物の場合、「幕切れの柝」を打った後、弱く打ち始め、次第に調子を高めて打ち、途中から調子を下げていくのを「拍子幕の柝」という。止め柝の後、砂切り」になる。
・・・・・<●●●●●●●●●>・・・・・・ ●(止め柝)
④砂切り止め(しゃぎりどめ)
鳴物の「砂切り」の演奏が終ると、大きく間をあけてチョーン・・・チョーンと2つ打つ柝。
●・・・・●
10)打ち出し(うちだし)
①大喜利の止め(おおぎりのとめ)
最終幕を大喜利といい、幕が閉まって鳴物の演奏が終ると「チョーン、チョーン」と2つ柝を打つ、これを「大喜利の止め」という。この柝を合図に鳴物は「打ち出し」を演奏する。
②打ち出しの柝
「打ち出し」の演奏が開始すると、それに合わせて小刻みに打つのを「打ち出しの柝」という。この柝は途中から徐々に弱めて終る。
●●●●●●●>・・・・
③打ち出しの鳴物変わりの柝
打ち出しの演奏が終わったところで、1つ柝を打つと「下ろし」という鳴物に変わり、その日の芝居の終了を告げる。
《打ち出し演奏》●・《下ろし演奏》
④打ち出しの止め柝
「下ろし」が終わると、また柝を1つ打つ。これを合図に「上げ」という鳴物になる。この柝を「打ち出しの止め柝」という。
通常は「鳴物変わりの柝」を含めて「打ち出しの止め柝」と呼んでいる。この2つの柝は「明日も芝居があります」という意味なので、千秋楽には「打ち出しの柝」を刻みながら楽屋まで行って「打ち出しの止め柝」は打たない。
【監修・狂言作者/竹柴蟹助】
▲柝の名人 狂言作者:竹柴 蟹助